吉川 靖・「随想」

3.2007年3月 日本評価とバッシング 

 1.日本の国際貢献
    3月7日付読売新聞(夕刊)「好影響与える国、日本が世界一」という記事が目についた。
   英BBCと米メリーランド大学が世界27カ国を対象に2006年11月〜2007年1月に行った世論調査の結果、英国/カナダ/中国/フランス/インド/
   イラン/イスラエル/日本/北朝鮮/ロシア/米国/ベネズエラ/EU各国それぞれについて世界に「好影響を与えているか」「悪影響を与えているか」を聞
   いた。その結果「好影響」はカナダ、日本がトップ、次いでEU,フランス。「悪影響」がイスラエル、イラン、米国、北朝鮮の順。
    理由は調査内容にはないようだが、非軍事的な国際貢献などが評価されたのではないかという。以前にも別の似たような調査で日本の評価は
   意外と高い。このことは自尊心うんぬんではなく、日本の平和憲法にもとずく国際的行動に自信を持つべきであることを示していると考えたい。日本は
   特に軍事的に米国へ依存しており、その従属関係からの脱却という大きな課題がある。その課題を克服する際にあくまで平和主義を貫くかねばなら
   ない。その基本をおさえて憲法、軍事力、集団的自衛権、国際貢献、日米同盟関係などなどの有り方をどうするのか。素人の私には難し過ぎる問題
   で考えがまとまらないが、米国への軍事協力にははっきり日本の立場をつらぬき、「軍事力による国際貢献」には最大級の歯止めをかけ、あくまで
   平和的な貢献を追及する国であってほしいとは思う。

 2.日本軍の慰安婦問題
    アメリカ下院で太平洋戦争時の日本軍による慰安婦の問題が、女性に対する人身売買や奴隷制という非人道的所業であったとして日本政府に
   謝罪を求める決議案が審議されているという。
    このニュースに接してなにか割り切れない気持ち、そして疑問や怒りを禁じえない。疑問とは1)慰安婦は主に日本人、韓国(朝鮮)人、中国人など
   でありなぜ米国が問題にするのか2)当時における(国際法や国内法の)「違法行為」の事実関係はどうなのか3)極東軍事裁判、日韓条約締結
   交渉、日中国交回復交渉などで問題にならずなぜ今なのか4)日本以外の軍隊には兵士の性処理およびそれに関連した問題行動はなかったのか。
   日本軍だけが問題になるのはなぜか。

    私の少年時代にはアメリカの進駐軍がいて日本女性の「パンパン」と呼ばれる売春婦が大勢いた。東京の下町に住んでいたので須崎などの赤線
   (売春)地域もあった。当時はまだ売春防止法の施行前でいわば公娼制度が健在であった。現在は「売、買春」は公には違法である。しかし、
   太古のむかしから今現在にいたるまで、軍人であろうが船乗りだろうが職業も国も人種も問わず売、買春は健在である。生活が豊かになっても
   無くならない。法律が禁止すれば地下化するだけ。つまり人類にとって非常に根の深い問題である。従って他国のこの種の問題に対する批判には
   偽善のにおいがする。あえて言う。当時日本の軍人が女性を必要とした、つまり慰安婦の存在をもってそれを非難することはできない。ある人との
   議論で、軍が慰安婦を使ったこと、つまり買春は非人道的行為だからきちんと謝罪すべきだという。私はそうは思わない。半世紀以上経た現在の
   価値観で過去を断罪するのは自分が時代を超越した存在=神として振舞うことであり傲慢だ。人間が人間を裁く態度ではない。法にも不遡及原則
   がある。非難するとすれば「強制連行」「奴隷的処遇」など当時でも違法とされたことであろう。その国家意思としての事実関係が問題なのだと思う。

    米下院の議案提出者が日本のTVに出演したのを見たが、強制連行などの違法行為の事実関係を調べた形跡がない。根拠は日本政府が出した
   「河野談話」だという。つまり日本政府が悪かったと認めているではないか、だから「正式」に謝罪すべきだというのである。何だこれは、と思った。
    さて「違法行為」であるが、軍人や官憲などによる強制連行、拘束、無給労務、暴力、人身売買、虐待など当時の法に照らしても違法なことが
   国家の意思として広く行われたかどうか、である。日本国内には多くの慰安婦関連の書物があるが、私の読んだものでは現代史家の秦郁彦氏の
   研究が比較的客観性に優れているように感じた。それによれば局所的な事件では違法行為があったと思われるが、全体としては「戦前の日本に
   定着していた公娼制度の戦地版と位置づけるべきだ」。つまり国家意思として広く違法行為が行われたものではないということだ。

    いくつかの当時の写真に写っている慰安婦が栄養状態など兵士よりよく、また彼女等の表情からも「奴隷」という左派の主張に違和感を感じる。
   また報酬、生環率なども兵士よりも随分よい。強制連行を命じた公文書がないが、左派は戦後証拠隠滅をしたか、隠しているという。つまり推定で
   「証拠はあるはず」と決めつけている。逆に陸軍省が中国派遣軍にあてた「軍慰安婦従業婦等募集に関する件」という文書が発見されている。
   これは軍の意向をちらつかせ誘拐に近い方法で集める業者がいるので、取り締まるようにという趣旨である。これは業者による違法行為の存在を
   示唆するが国家意思としてはそれを否定している。左派はこの文書を違法行為があった証拠だという。軍(国家)の需要にもとずいているのだから
   業者がやった違法行為も国家が責任をとるべき、あるいは同罪だという主張であろう。たとえば「宇宙開発」という国家事業に協力する民間企業が
   何らかの違法行為を働いた場合、国も同罪だという考え方と同じだろう。国のチエックという面である種の批判をうけることは有りうるが、責任の主体
   はあくまで業者だ。別のケースでたとえば北朝鮮の他国民拉致に民間人が加担したしたような場合は国家意思が違法であるから国も民間人も同罪
   である。しかるに「国家も同罪」とするのであれば「軍の慰安婦」そのものが違法だという前提にたっているのかもしれない。これは間違った主張だ。

    慰安婦は軍にとって従軍医師や看護婦、慰問団など兵士をケアする人々であり本来的に虐待する動機がない。慰安所の設置や運営に軍が関与
   したようだが、性病予防や慰安婦の待遇保証など円滑な運営を意図したものである。もちろん慰安婦がハッピーだったなどと言うつもりはない。
   「兵士も慰安婦もつらかった」というべきであろう。また局所的に犯罪はありえた。しかしそれらをもって全体が違法だったと規定するのは無理がある。
   もちろん個々の(軍や官憲による)犯罪に対しては事実にもとずき国家賠償等誠実に行うべきは当然だ。

    慰安婦問題は戦後半世紀経て日本人研究者や一部マスコミによって問題提起され虚偽や誤解などもあり「日本軍の悪事」とされ、それが韓国を
   動かし「河野談話」など政府のまずい対応が尾をひいて現在にいたったものと考える。今回の米下院での審議もその背景に中国系米国人などの
   「なんとか日本を懲らしめたい」という「悪意」と、自国の類似の行為に目をつむった偽善を感じざるを得ない。さらに彼らは自国の原爆投下や都市
   空襲による一般市民の大量虐殺という当時の国際法違反にもまったく無関心であるかのようにみえる。

  

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